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東京地方裁判所 昭和44年(合わ)276号 判決

本籍および住居

三重県志摩郡大王町波切一、〇三五番地三

自動車運転者 山本洋一

昭和一七年一月一八日生

右の者に対する道路運送法違反、殺人未遂被告事件につき当裁判所は検察官武内光治、弁護人安田重雄各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年および罰金一〇、〇〇〇円に処する。

未決勾留日数のうち六〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、本籍地の中学校卒業後、家業(製麺業)の手伝い、船員、セールスマンなどをして働いたのち昭和四三年上京し、同年三月から山手交通株式会社(代表取締役清田義信、所在地東京都板橋区熊野町一〇番地)にタクシー運転手として勤務していたものである。ところで、

第一、被告人は、前記のとおり一般乗用旅客自動車運送事業者である右山手交通株式会社の従業者で、同会社の営む右運送業務に従事していたものであるが、昭和四四年九月八日午後一一時三五分ころ、右会社の事業用自動車(練馬5き9581)を運転し、空車の表示をしたまま東京都渋谷区神宮通り一丁目一番地先道路上に至って信号待ちのため停車した際、豊島光(ホテル経営・当時二七年)から乗車の申込みがあったのに拒否し、もって同会社の業務に関し、法定の除外事由がないのに同人からの運送の申込みに対し、その引受けを拒絶した。

第二、被告人は、前記日時場所において、前記のように豊島光から運送の申込みを受けたのにその引受を拒絶して前記自動車の客席ドアを開けずにいたところ、右豊島が同車後部客席左側ドアの半開きの窓越しに手を差込み、内側の取っ手に手をかけ、ドアを開けようとしてきたため、同人に乗車を諦めさせようと、車を発進させ、徐行しながら約三〇メートル進行したが、同人が手を離すことなく、ドアの窓枠付近をつかんだまま車の進行について走ってきたため、被告人はさらに時速約三〇キロメートルまで加速したところ、この速度についてゆけなくなった右豊島は、両手でその窓枠付近にしがみつき、両足を路面にひきずり、「助けてくれ」と悲鳴をあげるに至った。このため不安を感じた被告人は、同区神宮通り一丁目五番地先交差点を左折したのち、いったん停止寸前まで速度を落したが、右豊島は車にしがみつくばかりで手を離そうとしなかったため、このうえは再び加速して同人を振り切るもやむを得ないと決意し、同区北谷町五四番地先路上に至る約一〇八メートルの間を時速約四七キロメートルまで急激に加速しつつ疾走し、同所で、ついに同人を車から振り切り路上に転倒させ、同人に対し全治約一ヶ月間を要する左肘関節部打撲等の傷害を負わせたが、右の犯行の際、被告人は、かような運転をなして右豊島を車から振り切れば同人を道路上に転倒させ、そのためあるいは殺害の結果を生ずべきおそれのあることを知りながら勢いのおもむくところこれを意に介することなく右の行為に出たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(判示第二の犯行につき未必的殺意を認めた理由)

被告人および弁護人は、判示第二の犯行につき被告人には殺意がなかった旨主張する。しかしながら、被告人は被害者豊島光において両手で窓枠にしがみつき足を地面にすり、悲鳴をあげるに至ったのを認識しながら同人を車から振り切るべく、あえて判示のように急激に時速約四七キロメートルまで加速しつつ約一〇八メートルの間疾走し、ついに被害者を路上に転倒させ判示のような重い傷害を負わせているのである。そして右行為自体から判断しても、これが死をも含む重大な結果を招来する危険のあるきわめて無謀な行為であることは経験則に照らし明らかなところであるから、たとい被告人が当公判廷で供述しているように、被害者の態度等から停車すれば被害者から乱暴されはしないかとおそれ狼狽していたとしても、右のような行為によって招来されうる結果の危険性、重大性を被告人が当時十分予見していたことは推認するに難くないところである。もとより被告人は被害者殺害の結果を確定的に認識して本件行動に出たものではないが、前示の状況に徴すれば、被告人は、当然その行為によりあるいは殺害の結果を生ずべきおそれのあることを認識しつつ、勢いのおもむくまま、あえて本件犯行に及んだものと認めないわけにはいかないのであって、すなわち本件については、当時被告人に殺人の未必的故意があったものと認めるのが相当である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は道路運送法一五条、一三〇条三号、一三二条に該当する。また、判示第二の所為は刑法二〇三条、一九九条に該当するところ、所定刑中有期懲役刑を選択し、右は未遂であるので同法四三条本文、六八条三号により法律上の減軽をする。そして以上は刑法四五条前段の併合罪なので同法四八条一項により判示第一の罪の罰金刑と判示第二の罪の懲役刑を併科することとし、その刑期および金額の範囲内で処断することになるが、被告人は、本件犯行につき、反省し、改悛していること、被告人側において被害者の慰藉のため尽力したことがうかがわれることなど諸般の事情を考慮したうえ被告人を懲役二年および罰金一〇、〇〇〇円に処し、同法二一条により未決勾留日数のうち六〇日を右懲役刑に算入し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させる。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相沢正重 裁判官 新谷一信 裁判官 須田贒)

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